「おじいちゃん、テレビの音、大きすぎるよ!」
ご家庭で、こんな会話をしたことはありませんか?
年を重ねると、少しずつ耳が聞こえにくくなる。多くの方が「年のせいだから仕方がない」と受け止めています。
しかし近年、難聴は、認知症と関係する修正可能なリスク要因のなかでも、特に重要なものの一つとして注目されています。
今回は、加齢性難聴と認知症の関係について、Lancet(ランセット)委員会の報告や国内外の研究データをもとに、できるだけ分かりやすく解説します。
・「音は聞こえるのに、言葉が分からない」加齢性難聴の特徴
・80代前半では半数以上にみられる、聞こえの問題
・難聴が認知症のリスクと関係すると考えられる理由
・補聴器で認知機能の低下を抑えられる可能性
・聞こえと人とのつながりを守るために、今からできること
1.加齢性難聴とは?
加齢性難聴とは、年齢を重ねることで、耳の奥にある内耳の蝸牛や聴神経などが少しずつ変化し、聞こえにくくなる状態です。
音を感じ取る蝸牛の中には「有毛細胞」という細胞があります。
有毛細胞は、耳に入った音の振動を電気信号に変え、聴神経を通して脳へ伝える役割を持っています。
加齢性難聴では、この有毛細胞などが年齢とともに傷ついたり、数が減ったりすることで、脳へ届く音の情報が少なくなります。
多くの場合、次のような特徴があります。
- 左右の耳で少しずつ進行する
- 高い音から聞こえにくくなる
- 会話がぼやけて聞こえる
- 騒がしい場所で言葉を聞き分けにくい
- 早口の会話についていきにくくなる
単純に「音が小さく聞こえる」だけではありません。
音は聞こえていても、何と言っているのか分かりにくいことが、加齢性難聴の大きな特徴です。
たとえば、「さ・し・す・せ・そ」「か・き・く・け・こ」などの高い周波数を含む音は、聞き分けにくくなることがあります。
・テレビの音量が以前より大きくなる
・会話中の聞き返しが増える
・後ろから話しかけられると気づきにくい
・複数人での会話についていきにくい
・聞き間違いが増える
2.加齢性難聴はどれくらいの人に起こる?
聞こえの低下は、年齢とともに増えていきます。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の「軽度・中等度難聴の診療の手引き」では、補聴器による介入が必要と考えられる中等度以上の難聴について、次のように示されています。
- 70代前半:約25%
- 80代前半:50%以上
つまり、80代になると、中等度以上の難聴は決して珍しいものではありません。
ただし、本人は徐々に聞こえにくくなるため、変化に気づいていないこともあります。
「相手の話し方が悪い」
「最近のテレビは聞き取りにくい」
「周りの人が小さな声で話すようになった」
このように、聞こえの変化を周囲の問題だと考えてしまうこともあります。
参考:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「軽度・中等度難聴の診療の手引き」
3.耳はなぜ年齢や大きな音で傷つくのか
加齢性難聴には、年齢だけでなく、それまでの生活環境も関係します。
特に注意したいのが、大きな音に長期間さらされることです。
たとえば、次のような環境が挙げられます。
- 工場や建設現場など、大きな音が続く職場
- 農業機械や電動工具の使用
- 大音量での音楽鑑賞
- イヤホンやヘッドホンの長時間使用
- コンサートやライブ会場
大きな音を長時間、繰り返し聞くと、蝸牛の有毛細胞などに負担がかかります。
一度大きく傷ついた有毛細胞を、現在の医療で元どおりに再生させることは困難です。
そのため、聞こえが悪くなってから対応するだけでなく、若い頃から大きな音を避け、耳を守ることが重要です。
大きな音のあとに、耳鳴りや耳が詰まったような感覚が残る場合は注意が必要です。
音量を下げる、静かな場所で耳を休ませる、防音用の耳栓を使用するなど、耳への負担を減らしましょう。症状が続く場合は、耳鼻咽喉科を受診してください。
4.難聴と認知症はどのように関係するのか
2024年に発表されたLancet委員会の報告では、認知症に関係する14の修正可能なリスク要因が示されました。
その中で、中年期の難聴が占める人口寄与割合は7%と推計されています。
これは「難聴がある人の7%が認知症になる」という意味ではありません。
人口寄与割合とは、難聴と認知症の関連が因果的であるなどの仮定のもとで、難聴の影響を取り除けた場合に、集団全体の認知症症例をどの程度減らせる可能性があるかを推計した指標です。
個人の発症確率や、補聴器による予防効果を示す数字ではありません。
また、難聴があれば必ず認知症になるわけでもありません。
難聴と認知症に共通する要因や、もともとの健康状態が影響している可能性もあります。
4-1.脳へ届く音の情報が減る
聞こえにくくなると、会話を理解するために、以前より多くの注意力や集中力が必要になります。
「何と言ったのか」を聞き取ることに脳の力を使うため、内容を覚えたり、周囲へ注意を向けたりする余裕が少なくなる可能性があります。
4-2.会話や外出が減る
聞き返すことを申し訳なく感じたり、会話についていけなかったりすると、人と会うこと自体を避けるようになる場合があります。
その結果、次のような変化が起こる可能性があります。
- 会話の機会が減る
- 外出が減る
- 趣味や地域活動から離れる
- 孤独感が強くなる
- 身体活動量が低下する
社会的孤立や身体活動の低下も、認知症に関係するリスク要因です。
4-3.難聴と認知症に共通する変化がある可能性
血管の病気や加齢による神経の変化などが、聴覚と認知機能の両方に影響している可能性も考えられています。
現時点では、難聴と認知症の関係を一つの原因だけで説明することはできません。
参考:Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission
5.補聴器を使えば認知症を予防できる?
結論から言うと、補聴器を使えば認知症を予防できるとまでは断定できません。
ただし、認知機能の低下リスクが高い人では、補聴器を含む聴覚支援が認知機能の低下を遅らせる可能性が示されています。
2023年にLancetへ掲載された「ACHIEVE試験」では、70~84歳の約1,000人を対象に、補聴器などによる聴覚支援と健康教育を比較しました。
参加者全体では、3年間の認知機能の変化に明確な差はありませんでした。
一方、事前に計画された解析では、心血管疾患の疫学研究に参加していた238人の集団で、3年間の認知機能低下量が対照群より48%小さい結果でした。この集団は、参加者全体と比べて認知機能低下のリスクが高い傾向にありました。
補聴器の役割は、認知症予防だけではありません。
- 家族との会話を続けやすくする
- 外出や社会参加を支える
- 周囲の音に気づきやすくする
- 生活上の不安や疲労を軽減する
- 本人らしい生活を続けやすくする
これらは生活の質を保つうえで重要です。
6.補聴器の種類と上手な使い方
6-1.補聴器にはどのような種類がある?
補聴器には、大きく分けて次のような形があります。
6-1-1.耳かけ型
耳の後ろに本体をかけて使用します。
操作しやすく、幅広い聴力に対応しやすいことが特徴です。
6-1-2.耳あな型
耳の穴に入れて使用します。
比較的目立ちにくい一方、耳の状態や手先の操作能力によっては扱いにくい場合があります。
6-1-3.RIC・RITE型
耳かけ型の一種で、音を出す部分を耳の穴の中に入れるタイプです。
本体が比較的小さく、現在よく使われています。
どの形が適しているかは、聴力だけでは決まりません。
耳の状態、手先の動き、生活環境、仕事、外出頻度、本人の希望なども含めて選びます。
6-2.補聴器は「買って終わり」ではない
補聴器をつけると、最初から以前と同じように自然に聞こえるとは限りません。
それまで聞こえにくかった生活音まで入ってくるため、初めは次のように感じることがあります。
- 音が大きすぎる
- 食器や紙の音が気になる
- 自分の声が響く
- 長時間つけると疲れる
補聴器は、本人の聴力や生活に合わせて少しずつ調整し、装用時間を段階的に増やしていくことが大切です。
6-3.日本では補聴器の所有率が低い
JapanTrak 2025によると、自分に難聴があると回答した日本人のうち、補聴器を所有していた人は15.6%でした。
2022年の15.2%からわずかに増えていますが、依然として低い水準です。
補聴器が広がりにくい背景には、次のような理由が考えられます。
- 難聴を年齢のせいだと考えている
- 本人が困っていないと思っている
- 補聴器に抵抗感がある
- 費用がかかる
- 相談先が分からない
- 装用時の不快感や効果への不満がある
補聴器は、購入することよりも、自分の聴力と生活に合うよう継続的に調整することが重要です。
参考:日本補聴器工業会「JapanTrak 2025調査報告」
7.現場からの声|聞こえにくさが人との関わりを減らす
介護やリハビリの現場では、難聴がありながらも、補聴器を使っていなかったり、聴力を長期間確認していなかったりする高齢者を多く見かけます。
本人は「まだ聞こえている」「生活には困っていない」と話していても、実際には会話の内容を十分に理解できていないことがあります。
聞こえにくさへの対応は、できるだけ早い段階で始めることが大切です。
補聴器は、つけた瞬間から以前と同じように聞こえるものではありません。生活音に慣れ、操作を覚え、本人に合うよう何度も調整する必要があります。
年齢を重ね、視力や手先の動き、認知機能が低下してから初めて使用すると、装着や充電、清掃、管理そのものが負担になる場合もあります。
7-1.聞こえにくいと、会話への参加が減っていく
難聴があると、周囲の会話が聞き取れず、話の流れについていけなくなることがあります。
何度も聞き返すことを申し訳なく感じたり、聞き間違いを指摘されることを避けたりして、次第に自分から話さなくなる人もいます。
介護施設でも、ほかの利用者との会話に入れず、一人で過ごす時間が増えてしまうことがあります。
会話が減れば、外出や集団活動への参加も減りやすくなります。
こうした人との関わりや社会参加の減少が長く続くことは、認知機能の低下につながる可能性があります。
7-2.支援する側の負担も増えやすい
難聴が強い方へ説明するときは、近くまで移動し、何度も言い直し、筆談や身振りを使う必要があります。
もちろん、こうした対応は必要です。
しかし、忙しい介護現場では、すべての会話に十分な時間をかけることが難しい場面もあります。
その結果、食事、排泄、入浴などの必要な連絡だけで会話が終わり、雑談や本人の思いを聞く機会が減ってしまうことがあります。
これは本人やスタッフの努力不足ではありません。
聞こえを支える環境が整っていないことで、本人と周囲の双方にコミュニケーションの負担が生じている状態です。
7-3.本人だけでなく、周囲の環境も整える
補聴器を使用していても、周囲が騒がしい場所や、離れた位置からの声かけでは聞き取りにくいことがあります。
話すときは、正面から注意を向けてもらい、少しゆっくり、短く区切って伝えることが大切です。
テレビや換気扇などの雑音を減らし、伝わらない場合は、同じ言葉を繰り返すのではなく別の表現へ言い換えます。
難聴を本人だけの問題にせず、補聴器、話し方、環境調整を組み合わせながら、会話の機会を守っていくことが重要です。
聞こえにくい人に対して、ただ大声で話せばよいとは限りません。
加齢性難聴では、小さな音が聞こえにくい一方、大きな音を必要以上にうるさく感じることがあります。
家族が話し方や環境を工夫することで、会話は伝わりやすくなります。
聞き取れなかったときに、まったく同じ言葉を繰り返すだけでは伝わらないことがあります。
たとえば、「病院は10時からです」が聞き取れなければ、「診察が始まるのは朝の10時です」と言い換えてみましょう。
また、聞こえにくい人を会話から外さないことも大切です。
家族同士だけで話を進めると、本人の孤立感や疎外感が強くなる可能性があります。
参考:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「高齢者とのコミュニケーションに苦労していませんか?」
8.早めに耳鼻咽喉科を受診したい症状
聞こえにくさのすべてが加齢性難聴とは限りません。
耳垢の詰まりや中耳炎など、治療によって改善する病気が隠れている場合もあります。
(現場にいると結構います。耳垢がとれた途端にものすごく聞こえるようになる利用者さん💦)
次のような変化がある場合は、耳鼻咽喉科へ相談しましょう。
- テレビの音量が以前より大きくなった
- 聞き返しや聞き間違いが増えた
- 電話の声が聞き取りにくい
- 騒がしい場所で会話できない
- 耳鳴りや耳の詰まり感がある
- 家族から聞こえにくさを指摘された
9.加齢性難聴の予防と対策
加齢そのものを止めることはできませんが、耳への負担を減らし、聞こえにくさを早く見つけることはできます。
9-1.大きな音から耳を守る
イヤホンやヘッドホンは、周囲の音が聞こえないほど大きな音量で長時間使用しないようにしましょう。
騒音の大きい職場や作業環境では、耳栓やイヤーマフなどの保護具を使います。
9-2.耳を休ませる時間をつくる
ライブや大きな音のある場所へ行った後は、静かな環境で耳を休ませましょう。
耳鳴りや詰まり感が続く場合は、受診が必要です。
9-3.生活習慣病を管理する
高血圧、糖尿病、喫煙などは、血管や神経の健康に関係します。
難聴だけを防ぐ方法ではありませんが、全身の健康管理は耳や脳の健康を保つうえでも重要です。
9-4.聞こえの変化を確認する
健康診断や耳鼻咽喉科で聴力を確認し、変化を早めに見つけましょう。
本人が気づきにくい場合は、家族からの指摘も重要な手がかりになります。
9-5.会話や社会参加を諦めない
聞こえにくさがあっても、環境調整、補聴器、筆談、字幕、スマートフォンなどを活用することで、会話や外出を続けやすくなります。
「聞こえないから行かない」と活動を減らすのではなく、聞こえを補う方法を探すことが大切です。
10.まとめ|聞こえにくさを「年のせい」で終わらせない
加齢性難聴は、年齢とともに内耳や聴神経などが変化し、聞こえにくくなる状態です。
高い音から聞こえにくくなり、音量だけでなく、言葉を聞き分ける力も低下しやすくなります。
難聴は、認知症と関係する修正可能なリスク要因のなかでも、特に重要なものの一つとして注目されています。
ただし、難聴が直接認知症を起こすと確定したわけではなく、補聴器を使えば認知症を予防できると断定することもできません。
それでも、聞こえにくさを適切に補うことは、家族との会話、外出、社会参加、安全、生活の質を守ることにつながります。
今日の「おたっしゃ」ポイント
・加齢性難聴では、高い音が聞こえにくくなり、言葉も聞き分けにくくなる
・難聴を「年齢のせい」で放置しない
・急な聞こえの低下は、早めに耳鼻咽喉科を受診する
・補聴器は購入後の継続的な調整が重要
・家族は大声ではなく、正面からゆっくり話す
・聞こえを補い、会話や社会参加を続ける
10-1.主な参考資料
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「難聴について」
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「軽度・中等度難聴の診療の手引き」
- Lancet Commission「Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report」
- ACHIEVE試験
- 日本補聴器工業会「JapanTrak 2025調査報告」
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「突発性難聴」
※本記事は一般的な健康情報を提供するものであり、個人に対する診断や治療を目的としたものではありません。聞こえにくさや耳鳴りなどがある場合は、耳鼻咽喉科へご相談ください。

